この記事のみを表示する衝撃のあだ名(;・∀・)

小さい頃のわたし

今日はどうしてもなんだか眠くなって書けません。
・・・どうしたのかな?・・・久々に仕事の会議に出たからかもしれません。
今は楽しい夏休み中。
頭も身体も心もとってもフリーでフワフワしているので、仕事のことを考えたらちょっと疲れたかな(・_・)。

今日は子供の頃になんて呼ばれてたか・・・がお題です。

なんだったっけ。
小さな頃は名前そのものにちゃんづけ。
小学校に上がってからは、名前が似た人がクラスに3人はいて、
あだなで呼ばれました。
当時流行っていた「ノンちゃん雲に乗る」からとってのんちゃんが最初のあだ名。
つぎにノンノ。
しばらくそんな可愛いあだ名でよばれていたような。

けれど、小学校5年くらいから突然「ビーバー」となりました。
これは文字道理動物のビーバーに私の前歯が大きくて似ているということからつきました。
まあ、かわいいものです。

けれど・・・衝撃のあだながつきました。
中学2年の頃です。
・・・出っ歯・葉っぱ・ヨーロッパ・・・とある男の子が私のことを振り返って呼びました。
それからというもの、クラス中の子たちが私を見ては
「出っ歯・葉っぱ・ヨーロッパ・・・」と言いました。ながーいあだ名です。

はじめはビックリで返すことばもなくてノーコメント。
けれど、あまりにマジ顔でいわれると、ショックも通り越して笑うしかない。

当時仲の良かった女友だちがいっしょになって笑い飛ばしてくれたのでかえって勇気づけられました。
   (この友だちのことは以前にもこのブログにかくましたが・・・)
てなわけで、今思えば最も容姿を気にする自分とは何かと考えだす思春期に
なんと斬新なあだ名をつけてくれたものだと感謝しています。

そのあだ名のお陰で、暗かった私のイメージは吹っ飛び(自分で思ってただけかもね)
そのクラスの中だけでは、そして一緒に笑い飛ばしてくれた友人といればとにかく明るくなれた私でした。

けど、やっぱ、
そんなあだ名をかわいい女子につけるってどうよ!!
親からもブーイングきそうだし、やっぱ私、それを怒らなかったって変わってたよな〜(*^_^*)。

そういえば、実際に私はそんなに出っ歯ではありません。
ちょっと前歯がでかいのと、ちょっと飛び出てるだけ(笑)多分・・・。

私にそのあだ名を付けた男の子のほうがよっぽど出っ歯でした。
テレビ漫画の赤塚不二夫作「おそ松くん」に出てくるイヤミに似てたのです。
・・と思ってただけかな〜?確かみんなもそう言っていた。
イヤミの得意のことばが片足あげて片手あげて「シェー」と。これがめちゃめちゃ上手かったのです。
     イヤミ

当の本人にはとてもそのことは言えませんでしたが・・・(・_・)

そんなものなのでしょうね、あまりに似てる人には言いづらい。言ってしまったら彼が傷つくものね。

ということで私は彼のことばでうまくその場で遊ばさせてもらったようなものでした。

当時はうまく口にできなかったけれど、今のわたしは彼に言いたいな、明るさをありがとう。
おそ松くん



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この記事のみを表示する笑顔の仮面

小さい頃のわたし

昨日は、インスタラクター仲間の麻ちゃんの講座「こころざしメイク入門編」に参加してきました。

とても楽しい講座で、山口童子先生印象分析ってのが面白くてちょっとはまってしまいました。             (興味のある方は上記をクリックしてみてね。)

人は生まれもった顔(^-^)があります。
これは親から、先祖からいただいた大切な宝もの。
そして、自分ではどうにもできない与えられたものでもあります。
第一印象でほとんどコミュニケーションは決まると言われるくらい大事なのに、
自分ではどうしても自分の顔がきにいらない。好きになれない。
・・・思春期をすぎるとほとんどの方がぶちあたる壁でもあると思います。
・・・どうにもできないからと親を恨んだり自分を恨んだり・・・整形したりもあるのかな?
でも、この世の中にたった一つしかない私のお顔。だからこそよくよく分析して客観的にみてどんな印象なのか。
なりたい自分とその第一印象とのギャップはどうか?
ではではそこで、じゃ~ん♪まなゆい登場。
 ホントはどんな自分になりたいの?・・・内面からのアプローチです。(麻ちゃん最高でした・・・。)
そうしてなりたい理想の自分を宣言した後にそうなるためにどんなメイクがいい?
kesyou

メイクとは化ける〜っとある宣伝でもありましたが、化けるというより素材を活かして着飾るイメージ。
具体的にどんな肌の色で、どの色のアイシャドウ、チーク?
魔法のようにどんどん変わるお顔のイメージ。
女性は自分をごまかして化けるのではなく、
内面からにじみ出る素の自分により華を添えるのがメイクの秘訣かも。

そんなことを感じた講座でした。・・・童子先生・麻ちゃんありがとうございました。

そこでいろいろ思いました。幼いころの自分。(小学生時代の自分はすでに書きましたが・・・)
私はとにかく怖がりで根暗チャンでした。
幼稚園にいくのがこわくていつも朝ごはんが喉を通りましんでした。
母がよく姑との関係で泣いていたのを知っていたので、この人はいつか私をおいて消えてしまうのではと
こわくて、いつもいつも側にいたかったのです。・・・それほど母を守ってあげたかった。大好きだったのです。
けれど、私が母を大好きと表現すれば祖母は母をなぜか悪く言います。
また、母には鬼のような祖母も、私にはとても優しくてやっぱり大好きでした。
けれど母にそのことをわかるような仕草を見せると、とても機嫌が悪いのです。
母だけでなく、私の姉までも祖母を嫌っていました。祖母は姉にはとてもきつくあたっていました。
・・・幼稚園になったばかりの私は自分がどう振る舞ったらいいのかわからなくなりました。
そして、好きという感情を封印しました。私の中での好きは、表現できないもの。無力とイコール。
感情よりもとにかく笑顔をつくると家族が喜ぶのでいつも笑顔の仮面をかぶっていました。
それで家族の輪が保てばと必死だったような・・・。そして、言葉も封印、話せなくなりました。
幼稚園になりたてといえば3歳。本来ならめいっぱいにありのまま主張しても愛される時期です。
なのにこんなにも周りを気にしていたなんて、小さな頃の私がいとおしくなります。
なんてけなげに頑張ってきたことか。・・・私は本当にその時期その時期で必死に生きてきたんだね。
そんな私をたくさーん思い出しました。

今日は玉ちゃんのまなゆい個人セッションをうけました。

そこで、いままで封印していた上記のことがたくさん芋づる式に舞い降りてきました。
今回は自分のごく小さい頃の縛りから
もっともっと深く深く自分を見えないところでコントロールしていたようなものたちからも
まなゆいで癒され開放されました。
そして小さいころの自分をイメージのなかでいっぱいハグハグしてあげました。

玉ちゃんありがとうございました。

わたしはかろやかに羽根がはえて、どこにでも飛んでいける自由を手にした気分です。

本当の意味で好きをえらぶことが苦手だった私。(はじめて気づきました)
好きという感情を思いおこし自分でそれを選びとる。
好きなものたち、好きな人たちに囲まれて生きる。
私はそういうじぶんを受け入れ認め許しワクワク楽しみより豊かに生きています


こんな内なる声に自ら気がつける
まなゆいにご興味のある方は一度個人セッショをうけてみませんか?

noritkg789♥gmail.com    メールするときは♥を@にかえてくださいね。
件名:まなゆいセッション希望
本文:①お名前
   ②性別・年齢
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   ④メルアド
   ⑤連絡がつく電話番号
   ⑥質問など
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この記事のみを表示する妙な実感

小さい頃のわたし

のりぴーです。
この2,3日疲れてて
ぐ〜っすりと眠って眠って、目覚めたらお昼〜(^_^;)

そう、今日は夏休みに入ってお休みなのです。バンザーイ\(^o^)/


なんだか最近、私のことではない周りの方がざわついていて、
なんとなく自分軸を脅かされそうというか、負のエネルギーに支配されそうというか…
嫌ではないけれど、うん、ここは踏ん張って自分のテリトリーをしっかり明るく照らしていこう!
などと心とカラダが動いていたようです。

結果は着々とそれぞれの方はいい方向に向かっていっています。

そんなざわつきのなかでも私は頑張った。
まなゆいモニターさんを2人セッションしたのです。

私は私で相手の方にエネルギーを送って・・・。


それぞれの方からの学びももらえました。

そんなこんなと忙しい中、娘たちからは電話相談、
昔の知りあいからも同じ日に電話相談…。

旦那からも相談をうけ、あれれ、この2日間は一体何なんだー?

こんなに相談受けたらそりゃ心とカラダがつかれるわさー・・・っと今日きがつきました。

で・・・ブログにむかう時間もなかったのです。

いろんな相談で共通点は
人はとにかく人の目が気になるということ。
悩みも、
自分がどうのこうのというより、
人からどう見られるか、人からどう言われたかで自分がわからなくなるから起こる現象。

よく小さな子がなにしてもかわいくて見過ごせてしまう、その存在だけでこちらが受け取れるものがある。
まるごとの愛とでもいうのでしょうか。

小さな子はそのまるごとの愛をもらえるのが心地よくて、
自分をうけいれてくれるオトナにピッタンコとくっついていきます。
この人を見抜く能力の鋭いこと。
・・・自分を受け入れてくれる人をオトナはなかなか見つけられないようです。

けれど、発見しました。
自分軸でいる人は相手がどんな行動をとってもまあその人だわね・・・っと見過ごせる。
場合によってはちょっと変なことに気がついてくれる。
とことん話は聞いてくれる。

人は限りなくそんな相手を求めているのでしょう。

小さな頃の私にとってそんな存在は母親でした。
たくさーん話を聞いてくれてほんとうに嬉しかったです。

ある友人から言われました。
  「親に悩みなんか相談する子っているわけがない・・・。」

ほんとうにそうなのかな〜?

うちの子たちはいつも肝心な時に電話をくれます。
  すごく悲しかった時。
  すごく嬉しかった時。 
  重大な選択の時。

それぞれの親子のあり方があります。
親とうまくいかなかった人も、人生のどこかで大事な人に出会い、悩みを聞いてもらえれば癒されるはず。

パートナーとの間でうまくいかなくても、またいい出会いもある。

要はその時その時で自分軸にもどしてもらえる人に話を聞いてもらうことが大事なのかな?

それは◯◯大学の◯◯療法というすばらしいものではないけれど、
身近な人でも気軽にできること。

今回私はモニターさん以外にはあきらかなまな結は使いませんでした。
けれど、傾聴はしっかり心をこめてさせてもらいました。
そしてあなたはあなたでいいよーってエネルギーも送りました。

これは目に見えにけれど、結構相手には伝わっているのだなあ〜っと妙な実感です。

この2日間、エネルギー使い果たしていたのでしょう。
ちょっとぼーっとしました。

けれどもう大丈夫。


明日は保育のお仕事でキャンプ。
良いエネルギーが巡ってみんながキラキラ笑顔で終われること、
受け止め認め許し愛していまーす。

そして場を作っている私を受け止め認め許し愛していっぱい褒めてたのしみまーす。


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この記事のみを表示する食わず嫌い

小さい頃のわたし

先日、車検があり、長年乗りこなしたスパシオちゃんを修理しました。
もう10年は超えていて、直すところもたくさん。
時間もかかるので、仕事を回すためにも代車を用意してもらいました。
      
        


けど、私って不器用だから、代車が乗りこなせないのです。

ほんとうに一つ覚えたらそれが精一杯、とくに機械関係は全くダメです。

今まではスパシオのちょっと前の型などを用意してくれていたので何とか助かったてたのですが、
今回はプリウスが用意されていました。

きゃーΣ(゚∀゚ノ)ノ・・・ギアが座席の前でボタン?あれー、なんかわからない〜。
もう大パニックです。
それでもあの時期まだ母親の入院で、毎日病院通いしていたので、怖くてもやるしかない!

苦手なことにこうやって、やるしかない!って向かっていったことはかつてはあまりありません。

特に小さな頃は苦手ばかりで、怖くて怖くて泣いてばかり。
鉄棒怖い、ジャングルジム怖い、ブランコこわい、滑り台こわい・・・、
泥んこ気持ち悪い、海もプールもこわい、お友だちこわい・・・。

いったいなにで誰とどうやって遊ぶんだか〜(^_^;)、これじゃあ遊べないわけですよ。

怖いものは避けて、・・・怖い人も避けて、ほんの一握りの空間でちんまり、ぽけーっとしていました。

なんで避けてばかりいたか・・・。
たぶん、変化することが怖いから。
変わっていくと、また新しいことに対応しなくちゃいけなくて、せっかく慣れたことからゼロの自分にもどるのがみっともないというか、恥ずかしいというか、不安というか・・・。

お片づけだって、知識だって、古いものは見切りをつけてまた新しく入れていくとうまく循環していけます・・・私のタイプは貯めこんで貯めこんで満腹になって慣れ親しんで安心していくのが好きなようです。

だから、特に小さな頃は
苦手はとことんやりたくなくて、気の合わない人とは会話もしないし、目も合わせなかった、
今思うと、とても嫌なヤツでしたね。


でも、プリウスにきゃ〜きゃ〜言いながら乗っていたら、なんと、ある時点で、吹っ切れたのです。

怖い、嫌だ、わけわから〜ん・・・が、あれ?ひょっとしたら面白いかも・・・って。

要は私、食わず嫌いだったのですね。


今、保育のなかではよく、
        「 一度試してみたら?」
        「やってみたら楽しいかもよ・・・」って子どもに声かけします。

それはそのまんま、私への苦言かな。あんまり考え過ぎないのが一番かもね。



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小さい頃のわたし

母親が退院しました。  おめでとう!(^o^)!

昨日の母は、小学生でした。
いつもいつも誰かから追いかけられて逃げ回っていたらしく、
ベッドの上はオムツから下着からパジャマからグチャグチャにつっこまれた
ビニール袋であふれていました。

「今日はどこにいくの?」と私。
「あんたさー、あの人が怖いで、逃げんとイカンよ!はよ隠れて!」と母。

母は小さい時に父親から怒られるのが怖くて5歳年上の姉とお宮さんに逃げ隠れていたそうです。

どうしてにげるの?
「とにかく捕まるとひどい目にあうから・・・」

相当、父親がこわかったのでしょう。(実際はどうだったのかは定かではありません?)

私は母の父親には会ったことはありますが、ほとんど覚えていません。(おじいちゃんなのにね・・・)

いつも長いあごひげをさわって、なんとも言えず甘えるスキもなく近寄りがたかったな。

母の弟さんも、小さな頃の私にはとても遠い存在でした。
何でもできて頭が良くて、いいところに働いていて、話しづらそうなイメージでした。(実際はいい人ですよ)

近寄りがたいといえば、
生徒会役員さん、学級委員さん、声の大きい人。
結局、私はちょっと威厳があり、何かがよく出来る人、
何かに成功したような人
ハキハキものが言えるリーダーさん的人

そんな人達に小さな頃から気後れしていたようです。
それは、なんだかわからないけれど、自分とは全くかけ離れた別世界の人だから。

あんな人たちと私を比較したら、自分がみじめでなくなってしまいそうで、怖かったのです。

本当に、怖がりやさんだったんですね。
それに、だいだい自分と比較する必要もないのに
勝手にイメージだけふくらませて妄想して・・・。なんと陰気な性格(;´∀`)

今の私だったら、きっと聞けるでしょう。言えるでしょう。

「なんで、そんなにできるの?」「なんでそんなに近寄りがたいの?」「こわすぎる!」
「いつも人の上にいて疲れない?」

でも、小さな頃にそれができたら、ひょっとして、今の私はいなかったかもね。

いろいろな立場に立ってみて初めて見えることもある。
まあそれも意味があるのですね。



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