猫とワタシ

和みtime♥  〜そろそろ自分のために歩も♪〜

子育て一段落noripi、第二の人生とは?

この記事のみを表示する病院のマイナスイメージを吹きとばせ\(^o^)/

小さい頃のわたし

 一昨夜入院した母が昨日の昼から夜に病棟を徘徊しまわり、
点滴やらオシッコの管やらも引き抜いて大変だったそうです。
今夜は大人しくしてくれるといいです。

母と病院との関係はとても長いです。
胆石発作の緊急入院からはじまり、胆嚢切除、緑内障など手術もたくさんしています。

初めての手術は私が小学校3年生の時でした。
その時は1ヶ月ほどの入院で父と毎日夜に病院に通ったのを覚えています。
その翌年も怪我で入院、これも2ヶ月ほど。
小学校から帰ると私がで洗濯機をまわして掃除機をかけて姉が夕食をつくりました。

子どもながらに、母がいない家のなかが寂しくて、
引っ込み思案がより暗い性格になったかもしれません。


小学3〜4年といえばちょうど大人の思考になる時期。
私は学校の友だちが屈託なく笑うのが無性に腹立たしかったのを覚えています。
たぶん、うちのことを回しながら学校に行くのがしんどかったのでしょう。

母が入院しているのを学校の誰もしらないのですから・・・。
先生なんて嫌い・・・とずっとそう思っていました。
学校で書かされる作文は一切書けませんでした。絵画も授業中は表現できません。
姉とも仲が悪いので、日記にだけいろいろなことを吐き出していました。
学校では喋れません。話せないのです。声が出ないのです。
友だちもほとんどいなかったのか、あまり覚えていません。


今思うと、それは精一杯の私なりのSOSだったのかもしれません。

父は仕事、姉は部活、私は1人で暗い家に帰らねばなりません。
本当に寂しかったです。

ただ、あの当時は隣近所さんがよくしてくれて、洗濯物をとりこんだり、
お買い物を行ってきてくれたり差し入れをくれたりと助かりました。


母の入院のことを思うと辛くなるのは初期の頃のこんな思いがぶら下がっていたのですね。

書いていてじぶんでもびっくり。

そして、一昨日病院に入った時に胸がぐーっとする感じに襲われました。

これはわたしがこんなに病院にマイナスイメージがあるのに
なおかつ13年間看護婦として3交代勤務をしていたことにつながっているようです。

このことはまた後日に。

さて、どよーんの時はまなゆいタイム♪

暗い病院のイメージをもっていた私を受け入れ、認め、許し、愛しています。

…もうそれは過去のこと、大丈夫、ちゃんと整理を付けれているよ…
と思っている私を受け入れ、認め、許し、愛して新しく歩みだしています。

あなたはよく働いたよ、あたらしく病院との関係は結べているよ、大丈夫。という心の声がでてきました。

そういった自分でいると、母の今回の入院も新しい風がふき、家族みんなが笑顔になります。

うんそうだ、みんなしあわせになるよ。

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テーマ:なんとなく書きたいこと。。
ジャンル:日記

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